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玉屋ブログ

心に残るちょっといい話。

2012/02/09

私のオヤジは酒のみで、金にもだらしない人間でした。

幼い頃より、いつもそのことが原因で夫婦喧嘩が絶え間なく、私はオヤジが大嫌いでした。
オヤジは当時(昭和三十年頃)、繊維会社の人事課で働いていたのですが、会社で問題を起こして解雇同様になり、私は生まれ育ったその土地を、小二の時に引っ越すことになりました。
それからの生活は、貧乏と家庭環境の悪化で最悪のものとなっていきました。
そんな訳で、私の兄・姉たちは卒業をすると同時に家を出て行きました。
私は中学生頃から、そんなオヤジにひどい暴力を振るうようになりました。
困ったオヤジは度々、町の相談所へ行っていたようです。
中学を卒業した頃に、オヤジは家族の誰もいない時に、アパートの共同トイレに行く途中で倒れて亡くなってしまいました。
葬式の時に、オヤジに「金を貸していた」と、同じ職場の人に催促されたほどでした。
全く尊敬できない、どのように思い返しても“しょうもないオヤジ”でした。
やがて、私も結婚をし、3人の父親になりました。
時は過ぎ、私は50歳を越える年齢となった頃に、この地域一帯がニュースで大々的に取り上げられるような災害に遭ってしまいました。
それでも、多くの方々の援助で、何とか立ち直ることが出来ました。
それから半年ほど経った頃に、オヤジが当時、勤務していた土地に嫁いでいた姉から電話がありました。
姉の話によると「この前、年老いたご夫婦が訪ねて来てこんな話をされた。

私は20歳の時、お父さんの勤めていた会社に面接に行きました。
しかし、私は戦争で手に障害があったので採用は無理なようでした。その時に人事課の課長さんであったお父さんが、上司に、何とか採用してほしいと熱心に頼んでくれたお陰で今日まで生きてこられたのです。『あの時に就職が出来なかったならどうなっていたかと……』
さらに話を続けて『会社で問題を起こした。と、された事件もお父さんを解雇させたい人達の策略にあったのです引っ越されてからも、風の便りでお父さんやご家族のことは気にかけておりました。

お父さんが亡くなられたことも知っていました。

お礼を言わないままに、この歳になってしまい申し訳ありませんでした。恐らく、この前の災害で、ご家族がり災されたのではないかと思い、この機会に、一言だけでもご家族の方に、お見舞いと過去のお礼を告げたいと、夫婦で思い切って訪れさせて頂きました』と言われてビックリしてしまったわ。
だらしがないだけのお父さんと思っていたけど、そんなことがあったなんて知らなかった」とのことであった。
私も、その話には驚きました。母からも、もちろんオヤジからも聞いたことのない話でした大嫌いで軽蔑すらしていたオヤジに対して、この話以来、少し尊敬をするようになりました。

祈ることは生きること

2012/02/08

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泣ける話。

2012/02/06

俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」
なんて事も全然なくて、良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。

こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。

あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。

一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、その日仕事から帰ったばかりの父に
「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、
「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。

星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。

でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。
突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。

いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。
同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。

それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。
高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて
「もういいよ」

なんて俺が言っても、
「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」

って冗談めかして笑ったっけ。

そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。
結婚式のスピーチの時、

俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。
でもそんな親父よりも、

再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。

良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。

心からおめでとう。

そしてありがとう、お父さん。 

泣ける・・・・(T_T)

「世界で最も美しい顔100人」

2012/02/05

米国の映画サイトによる、毎年恒例の「世界で最も美しい顔100人」ランキング。

2011年は「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみのエマ・ワトソンさんが1位。

日本からも、あの女性タレントがランクイン!

さてさてみてみましょうか・・・

The 100 Most Beautiful Faces of 2011

節分って

2012/02/04

四回あるんですね。季節の分かれ目

節分(せつぶん、または、せちぶん)は、各季節の始まりの立春・立夏・立秋・立冬前日のことです。

節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。

江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多いそうです。

季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊払い行事が執り行われる。

豆を撒き、撒かれた豆を自分の年齢(数え年)の数だけ食べる。

また、自分の年の数の1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないというならわしがあるところもある。

豆は「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがある。

寺社が邪気払いに行った豆打ちの儀式を起源とした行事であり、室町時代あの書物における記載が最も古い記載であることから少なくとも日本では室町時代以降の風習であると考えられる。

初期においては豆は後ろの方にまくことが始まりだった。

読んで字のごとく季節を分けるで節分4つもあるとは・・・

今更ながら恥ずかしい・・・

豆も食べる数が多くなった・・・

楽しい廊下。

2012/02/03

人の動きに合わせて変化するデジタルカーペットの映像です。

子供はみんな大喜びしそう!

 これ、廊下だけじゃなく部屋の内装などにも使えそうですよね。

デジタルカーペット

びっくりです。