玉屋ブログ

汚い手提げ袋のお話

2019/10/03

俺ん家は俺と母親、
それとおはあちゃんの三人で暮らしてる。

親父は離婚していない。
パチンコとかやって借金をつくる駄目な親父だった。

母子家庭ってやっぱ経済的に苦しくて、
母さんは毎日働いてる。
おばあちゃんは汚い服ばっかり着てる。

俺は行きたい大学があるけど、
金がかかるからそこだけ受けて
駄目だったら就職しようと思ってた。

それで、俺大学落ちちゃったんだ。

「すぐに就職先を見つけなきゃいけないな」
って考えてたら、俺の部屋におばあちゃんがやってきた。

「〇〇、大学落ちちゃったんだってね」
と、おばあちゃん。

「うん、でもいいよ。俺、就職するからさ」
ってちょっぴり強がって俺は笑ってみせた。

そしたらおばあちゃん、
いつから使ってるか分かんないような汚い手提げ袋から、
札束を出してきたんだ。

「え…何このお金…」って俺が絶句してたら、

「〇〇、行きたい大学があるんじゃろ?
だったら行きんさい。
お金のことなら心配せんでええ。
まずこれで予備校行きんさい。

年寄りは金持ちやで。
それに、ちょうどばあちゃんな、何かに使おうて思ってたんじゃ」

と、そう言ってシワシワの手で札束を俺に握らせた、
最後、俺の部屋から出るとき
「頑張りんさい」って言って出てった。

それから俺、母さんにおばあちゃんのこと聞いたら、

「おばあちゃんね、あんたが産まれてからずっと
年金コツコツ貯めてたみたいだよ。私も知らんかった」って。

マジ泣いたよ。
なんで金あんのに汚い服ばっか着てる意味とか、
さっき俺の部屋で喋ったこととか思い出して、
本当に泣いた。

もう、本当に頑張るから。

今は肩を揉むことぐらいしかできんけど、
絶対に大学に合格するから。

それと、俺は今日で2ちゃんねる卒業だわ。

長い間、本当にお世話になりました。
勉強がんばります
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ガイドブックのお話。

2019/09/01

東京で単身赴任してたとき、連休とかにはいつも嫁が来て、家のことなどしてくれていた。

母にも、たまには東京来いよと言ってたんだけど、人混みが苦手だと決して来なかった。

そんな母が脳梗塞で突然死んじゃって、呆然としたまま遺品を整理していたら、東京のガイドブックが出てきた。

皇居とか、浅草とかベタなところに一杯赤鉛筆で線引いてあって、何度も読み返したらしくボロボロになってた。

親父に聞いたら、行きたかったんだけど嫁の方ががいいだろうって我慢してたんだそうだ。

自分は肉が嫌いなくせに、俺の好きそうな焼肉屋とかにも一杯線引いてあって、俺と一緒に回るのを夢見てたみたい。

俺は、お義理で誘っただけなんだけど、誘われた後は何回も何回も息子が来いと言ってくれたと喜んでいたらしい。

一緒に行きたかった場所には、俺の名前が書いてあって、それがたくさんたくさん書いてあって…

死に顔を見たときよりも、葬式の時よりもすっごく泣いた。

田舎に戻った今でも、生きてる間に呼ばなかったこと後悔している。
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妻よ、きみと俺の愛する娘は今日4歳になったよのお話。

2019/08/19

7ヶ月前に妻が他界して初めての、
娘の4歳の誕生日。

今日は休みを取って
朝から娘と二人妻の墓参りに出かけてきた。

妻の死後しばらくはあんなに

「ままにあいたい」
「ままかえってこないの」

と毎日泣いていた娘が、
先週あたりからぱったりと泣かなくなった。

さっき墓前で

「4歳になったからね、
もうおねえさんだから泣かないよ、
ばあばと約束したんだ」

と私に打ち明けてくれた。

そして、
小高い丘の上にある墓地から空に向かって

「ままーっ!いつでも帰ってきてねぇ!!」
と叫んだ。

けなげな姿が涙でゆがんだ。

いま、
隣で昼寝している娘の寝顔を見ながらパソコンにむかっている。

もともとここをのぞいていたのは
妻のほうで、
入院中によくみていたようだ。

「私も何か書き込もうかな」

そう笑っていた数日後に亡くなった。

それから、
半年以上が過ぎ、
今日ふとここを思い出したのだ。

妻よ、
きみと俺の愛する娘は今日4歳になったよ。
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先生が残した最後の宿題のお話。

2019/08/08

とある学校の、病気で亡くなった先生が
担任を持ってた生徒に向けて残した最後の宿題

「幸せになりなさい」

君たちが宿題を出す頃に
おそらく僕は天国にいるでしょう。

急いで報告に来るな。

ゆっくりでええから。

いつか面とむかって
「幸せになったで」ときかせてください。

待ってるで。

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生徒たちの心の中では、
この黒板の文字は一生消えないことでしょう。

広島は被爆から74年となる「原爆の日」を迎えました.

2019/08/06

広島は被爆から74年となる「原爆の日」を迎えました。
 
 爆心地に近い平和公園には、朝早くから犠牲者の遺族などが訪れています。

 広島市に投下された原爆では、1945年の末までにおよそ14万人が死亡し

 今も多くの被爆者が放射線の影響による、病気や健康への不安に苦しんでいます。

 平和公園では平和記念式典が営まれ、数多くの方々がお参りされています。

 
 
 

素敵な老夫婦のお話。

2019/07/16

前を歩いていた80歳くらいの老夫婦。

お婆さんがかなりいっぱい荷物持って、

お爺さんは手ぶら。

なんてひどいお爺さん…と思っていたら、

少しして

「じゃんけんぽん!」

「やっと交代だ」

「負けちまったか」

と二人とも満面の笑顔。

いくつになってもこんな素敵な関係でいられる2人が

とても羨ましかった。

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