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玉屋ブログ

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母が描いた絵のアルバムのお話。

2018/06/12

うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた時はカメラなんて無かった
だから写真の変わりに母さんが色鉛筆で俺の絵を描いて、アルバムにしてた
絵は上手じゃない
ただ、どうにかして形に残したかったらしい
ほぼ毎日、赤ん坊の俺を一生懸命描いてた
絵の隣に『キゲンが悪いのかな??』とか『すやすや眠ってます?』ってコメント付きで
小学四年生の時、家に遊びに来た友達数人に、そのアルバムを発見された
めちゃくちゃ笑われて、貧乏を馬鹿にされた
友達が帰って直ぐ、俺はアルバム三冊をバラバラに破いてゴミ箱に捨てた
パートから帰って来た母さんがそれを見つけて、泣きだした
破いた理由を言っても、変わらず泣き続けた
翌朝起きると、居間で母さんがゴミ箱から絵の破片を集めてセロハンテープでとめてた
「恥ずかしい思いさせてごめんね。でもね、これ、母さんの宝物なんよ」
申し訳なさそうに優しくそう言われると、涙が溢れ、俺はごめんなさいと謝った
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お前これ欲しかったんだろ? のお話。

2018/06/03

俺がまだ小学生だった頃、どうしても欲しかったオモチャを万引きしたら見つかって

それはもう親にビンタされるは怒鳴られるはでメチャメチャに怒られた。

それから暫らくして俺の誕生日が来たんだけど、その時に両親が俺にくれたプレゼントがその

時万引きしたオモチャだった。

「お前これ欲しかったんだろ?」と母親が言ってくれたとたん俺は泣いた・・

家貧乏だったのに多分無理して買ってくれたんだろうな・・

あれからもう15年くらいたったけど、今でも忘れられない思い出になっています。

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夢のお話。

2018/05/31

数年前、事故で1週間近く意識が戻らなかった私。

当然、その一週間はなんにも記憶はないんだけど、

夢で2歳半の息子をずーっと抱きしめてた。

とても暖かくていい匂いがして、心地よかった。

気づいたときにはベッドの上だったんだけど、

後で聞いた話によると、息子は毎日私の母に連れられて病院に来て、

私の横で「おかあたん、おかあたん、ぱっちりあけて(目を)」

と延々と言ってたらしい。

それが夢と関係あるのかどうかは分からないけど、

息子の存在が私の意識を呼び覚ましたのだと思う。

あの事故以来、なるべく穏やかに子供に接するように心がけてます。

人間、いつ死ぬか分からないから。
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最後のお願いのお話。

2018/05/29

あなたは本当に俺を困らせてくれたよね。
あなたと付き合った日。
朝のバスでいきなり大声で「付き合ってください!」って。
そんな大声で言われても困るし。
てか場所考えてよ。

始めてのデートの日。
初デートに寝坊で3時間も遅れて来た。
あれには正直びびったよ。

ペアマグを一緒に買った日。
あなたはさっそく帰りに落として壊したよね。
あの後もう一度買いに行くの面倒だった。

一緒に海遊館に行った日。
イルカを見てたらはぐれちゃったよね。
だってあなたはイルカを見た瞬間人混みに飛び込んでいったんだもん。
探すのが大変だった。
それからどこに行くにも手を繋いでいたね。

俺が修学旅行のお土産のぬいぐるみを渡した時。
あなたは嬉しすぎてか、大泣きしてたね。
周りの人に泣かせたと思われたみたいで、周りの視線が痛かった。

あなたと一緒に誕生日を祝った日。
帰り際に中々離してくれなくて、大変だった。
お陰で夜遅く帰って親に物凄く怒られた。

あなたが、病気の事をうちあけてくれた時。
なんで今まで黙ってたんだよとか、言いたい事たくさんあった。

あなたと一緒に泊まった日。
あなたはテンションがあがりすぎて、俺の友達に電話とかメールをしまくってたよね。
あの後学校で皆からの質問攻めが大変だったんだよ?

あなたから、病気は治ったって聞いた時。
自分の事みたいに嬉しかった。
でもそれを言うのが別れる前日って。笑

あなたに東京に行くからって、別れを言われた時。
めちゃくちゃ辛かった。
心が張り裂けそうだった。

あなたと別れてそれでも連絡が毎日の様に来てた時。
別れた意味ないじゃんって、内心思ってた。
とても嬉しかったけど。

あなたからの連絡が途絶えた時。
あぁ、忘れられたんだってとても凹んだ。

高校に入って、あなたから、手紙がとどいた。
とっても嬉しかった。
けど、そこに入っていた手紙は、あなたからの手紙と、あなたのお母さんからの手紙。
あなたからの手紙には、いままでの思い出とかが、たくさん書いてあった。
それを読んでる時、今すぐにでも会いたいって、心の中で叫んでた。
けど、あなたのお母さんからの手紙で、その叫びは打ち消された。

ねぇ、なんであなたは、病気が治ったって、嘘をついたの?東京に行く理由も、治療の為だって、何で正直に話してくれなかったの?
俺が悲しまないようにって、嘘つかれた方がかなしいんだよ?
俺はあなたの彼氏です。彼氏なんだから、最後くらい、一緒にいたかったよ。

あなたからの手紙の最後の言葉。

あなたを愛しています。

その言葉は、あなたの口から、聞きたかったよ。

たくさん愚痴を書いたけどね、一つ確かな事がある。
それは、あなたと一緒にいれば、笑顔が絶えなかった事。
あなたと一緒にいるのが、本当に楽しかった。
本当に、ありがとうね。

あれ以来、本気で恋をするのがこわかった。
また、嘘つかれるんじゃないかって。
臆病になっていたんだ。

けど、この間、またあなたから小包が届いた。
そこに入っていたのは、あなたがつけていた闘病日記の1ページと、あなたのお気に入りのピアス。

あなたは死んでも、僕を困らせてくれるんだね。

—-私の最後のお願い。

私以上に、誰かを愛して下さい。—-

あなたのピアスは、今、僕の首にネックレスとなってかかっています。
あなたの最後のお願いを叶える為に、新しい恋を、今日から、始めるよ。

ありがとう。
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「人を愛する」ということのお話。

2018/05/22

いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。
その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに毎日病室に訪れ付き添った。
結婚の約束もしていたんじゃないかな。
食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。

そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんてまったく想像つかなかった。
「きっとこの2人はあと数年もしたら結婚して、幸せな家庭築くんだろーな」
なんて、見舞いにいくたび幸せな想像しかできなかった。
普通にうらやましかった。

しかし、従兄弟の病状はどんどん進んでいった。みるみるやせて、目ばかりぎょろぎょろになって、身内のわたしでも正視できなかった。
はやく終わってほしかった。人の命のもろさが怖かった。
でも彼女はずっとそばにいた。従兄弟のやせ細った手を握って、抗がん剤の影響で、ぼろぼろに禿げたあたまにかぶる毛糸の帽子を作ったり。

わたしは、怖くて怖くて病室にも入るのもいやで病室に入っても、彼女の後姿ばかり見ていた気がする。
従兄弟は、癌がよくなったらどこかへいこうとか、あれ食べに行こうとか今度の携帯の最新機種を買いたいとか、来ない日のことばかりしゃべった。

彼女は笑顔で、「絶対いこーね」「わたしあれ食べたい」とか、いってた。
気休めだろって思ったけど、彼女の目は本気だった。
今、思い返せば、彼女はほかにどうすることもできなかったんだと思った。
彼女も怖かったのに、好きな人を失うことが、きっと自分が死ぬ以上に恐ろしかったと思う。

年末に、癌が全身にまわり、肺に転移。
従兄弟は最初の意識不明に陥った。
医師は、「癌を抑える薬がある。しかし、一時的に抑える効果しかない。
苦しみがのびるだけ。私の子供が患者だったらこのまま死なせる」ときっぱり。
両親は、「せめて27歳の誕生日を迎えさせたい」と延命を望んだ。
横で、彼女はだまって、ふるえていた。

薬は効いて従兄弟は劇的に回復した。
彼女と温泉にいったり、近場に旅行いったり、新薬は2人に時間をくれた。
「癌が治った」とはしゃいでいたけど、一時的だというのは本人が何よりも知っていたと思う。
最後のときをすごす2人に、両親も親戚もなにもいわず見守った。

春、従兄弟が3度目の意識不明に陥った。
あまりの痛みに子供のように泣き叫ぶ従兄弟を、彼女と従兄弟の母親が押さえつけ、抱きしめた。
「ここにいるよ。ひとりじゃないよ」
彼女は、死の激痛にあえぐ従兄弟の顔にキスして、手足をさすった。

医師が死亡宣告し、遺体が自宅に搬送されるまで、彼女は従兄弟を抱いた。

何かにとりつかれたように嗚咽する彼女をみて「人を愛する」ってこういうことかと思った。

彼女は、親戚の手前、通夜、葬式にも出られなかった。
毎年、従兄弟の墓参りには来ていた。
従兄弟が死んで数ヶ月あと、勤めていた会社をやめたことを聞いた。

数年たって、墓参りにもこなくなった。
最近、彼女が結婚し、1児の母になったことを聞いた。
寂しく思った反面、ほっとした。
幸せになってほしいと思う。
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手遅れになるまえにのお話。

2018/05/16

俺は大好きだった彼女と別れた。
理由はシンプル。
俺が早稲田に落ちて浪人が決定したから。

「二人とも大学卒業したら結婚しようね」
こう言ってくれた彼女。
でも彼女は俺が浪人中に死んでしまった。

あれは8月を過ぎたあたりだったかな。
ぜんぜんメールも電話もこなくなって、「彼女も浪人中の俺に気を使ってくれてるんだ」
と思い、よりいっそう勉強に身を注いだ。
あと半年で「早稲田受かったらもう一度彼女に告白しよう。」
こう決めて、結構高いネックレスを買った。
受験結果は早稲田大学教育学部に合格。
まっさきに彼女の家にネックレスと合格通知届をもって向かった。

しかしそこにいたのは彼女の遺影だった。。。
一瞬で頭が真っ白になり、現実を受け止められない自分がいた。
親御さんから話を聞くとちょうど連絡が来なくなった8月あたりに、
サークルの仲間と飲み会をして急性アルコール中毒になって死んでしまったそうだ。
原因は先輩との早飲み対決の強要によるものだった。

「俺が現役で大学に受かっていたら、彼女を守ることができたのに。」
悔しさと涙と自分に対する憤りがこみあげてきてわけがわからない状態でした。
二年間思い焦がれた早稲田にようやく合格できた日なのに。。。
もうもどってこない彼女。
あんなに好きであんなに愛し合っていて結婚まで約束したのに。
俺を残して先にいくなんて・・・
いつも俺の横に居て俺を支えてくれる笑顔が可愛い彼女。。。

結局俺は、この悲しみを乗り越えられず、早稲田は2年で中退した。
8年もフリーターをやって、もう1度、中央大の法学部夜間に再入学して卒業した。
いまだに彼女の夢を見る。
お前らに一言。
「遅すぎないうちにできる限りのことをしろよ。」

俺は現役時代にできる限りのことができず、浪人さえしなければ、彼女を失わずに済んだ。

「手遅れになるまえに、最善の努力を尽くせ。」

「何が何でも、今年で合格。」

もしかしたら今、支えてくれる親が死んで、大学に入れなくなるかもしれないぞ。
現役で入っていれば。。。。

「後悔先に立たず、我武者羅に勉強しろ。」

「失っても戻ってこないかけがえのないものを失うな。」

俺と同じような辛さを味わって欲しくないから、ここを見てる奴は今年で合格を決めて欲しい。
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