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年上の彼女のお話。後編

玉屋ブログ

さっそく帽子を探しに行き、キャップは似合わんし、ニット帽だとチクチクするからという事で、綿で出来た帽子を探して買いました。

買い物が済んで帰ろうとした時に街中を歩く女の子を見てると、なんか自分が現実から少しズレた場所にいるような気がして妙な不安を感じました。

その不安からか彼女の意識が戻ったら正式にプロポーズしようと安物ですが指輪まで買って帰りました。
その日も結局容態に変化はなく過ぎていきました。

次の日のお昼前、彼女の父親だけが医者に呼ばれて病状の説明を受けるとの事だったのですが、無理を言って僕も同席させてもらいました。
どうしても自分の耳で医者から聞きたかったんです。
多分あれほど緊張した事は今までになかったと思います。

医者の部屋に入って、医者の顔色を見てみると、どっちともとれない無表情な顔をしていました。
医者が口を開いて、簡単な挨拶が終った後喋り出したのですが、病状はよくなるどころか病院に運ばれた時点ですでに手遅れでした。

僕はこれを聞いて頭がグラグラして椅子から落ちないようにする事しか考えれませんでした。
どうやら今治療をしている様に見えるのは、家族に心の準備をさせる為に無理やり心臓を動かして、体だけ生かして少しずつ悪い方向へ持っていくというものでした。
僕は部屋を出て彼女の父親に、家族にはまだ言わないで欲しいと言われ、泣き出しそうなのをこらえて、母親に話かけられても

「用事が出来た。」

とだけ言い残して、誰もいない場所まで走りました。
街中であれだけ涙を流して大声で泣いたのは初めてでした。
それからちょうど涙が枯れた頃、病院へ戻りできるだけ普通に振舞いました。

その夜、彼女の父親と銭湯へ出かけました。
二人ともほとんど無言で風呂に入り、話す事といっても関係ないどうしようもない会話ばかりでした。
僕は彼女の父親にはどうしても聞いておきたい事がありました。

僕が彼女と結婚するって言ったら許してくれるかどうかでした。今考えると絶対に聞くべきではない時に聞いたような気がします。
病院に戻る前に父親を呼び止めてストレートには聞けなかったのですが、買ってきた指輪を彼女の指につけてもいいか?と聞きました。

彼は黙ってうなずくだけでした。
その夜は眠る事ができなくて、家族と顔をあわせると泣いてしまいそうで外で一人で過ごしました。

次の日、また5分だけ面会できるということだったので、もう1度彼女の顔を見に行きました。

彼女の顔は相変わらず眠っているようで、もう目を覚まさない事がウソのようでした。

僕は彼女の左手にこっそりと指輪とつけました。
もう何の意味もないのはわかっていましたが、少しでも彼女に近づきたいという気持ちでいっぱいでした。
みんなが部屋を出た後、僕は忘れ物をしたそぶりをして、ベッドの側に戻り、彼女のカラカラの唇にキスをしました。
それからしばらく経ち、彼女は一般病棟の個室に移ることになりました。
医者が言うにはもう長くないので、少しでも家族が長く一緒に入れるようにとの配慮だそうです。

僕は1日のほとんどをその部屋ですごすようになりました。
何もする事もなかったのですが、話かけると声が届いてるような気がして、耳元で歌を歌ったり、話し掛けたりしていました。

そして夜が明けて昼すぎになると、医者と看護婦が入ってきて、みんなを呼んでくださいみたいになって、みんなが見守る中、心拍数を表示しているピッピッってなる機械に異変が見られるようになりました。

最後まで僕に片方の手を握らせてくれた彼女の家族に感謝しています。
それから1時間ほど経った後、そのまま静かに心臓が停止しました。

僕も含め部屋にいる人みんなの泣き声だけが聞こえてきて、覚悟はしていたものの、本当にこうなった事が信じられなかったのですが、医者の何時何分とかっていう声に現実に引き戻されました。

そして部屋にいる全員が驚く事が起こりました。
僕が握っていた彼女の手がものすごい力で僕の手を握り返してきたのです。

僕は本当に驚いて多分変な声を出していたと思います。
しばらくして彼女の手からスーっと力が抜けていきました。

僕は涙はふっとんで、全員にその事を伝えました。
すると彼女の母親が、

「きっと、一生懸命看病してくれたから「ありがとう」って言ってるんやで。」

って言ってくれました。

冷静に考えると死後硬直だったのでしょうけども、その彼女の母親の一言で僕は今まで道を間違わずにこれたと思います。

年上だった彼女は今では僕の方が年上です。

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